2000年6月11日。
その日、私は支払い残金を握りしめて、代車の古びたパルサー(マニュアル車)に乗り、首都高を走っていました。
愛車のMR2は、既に手元にはありません。
装着して間がなかったカーナビを移植するため、前日の朝に店へ預けると同時に、下取り車として売却していたのです。
9年4か月乗ったMR2には、25万円の値がつきました。
ほとんど値はつかないだろうと思っていたので他店と比較はしていませんが、支払いの厳しかった自分を最後に助けてくれたのかな、とぼんやり思ったのを覚えています。
というのも。
MR2を預けるために例によって展示場の駐車場へ止め、エンジンをカットしてキーを抜いた瞬間。
ピーーーーーーーッ。
という、それまでMR2からは一度も聞いたことがなかった音が、鳴り始めたからです。
何のことはない、理由はライト消し忘れの警告音だったのですが、それまでライトを消し忘れたことがなかった私には、それがMR2に別れを告げられたかのように思えたのです。
パルサーを展示場の駐車場に止め、その並びにたまたまポツンと置かれていた愛車MR2の屋根をひと撫で。上にあった枯葉のようなものを払い、別れを告げます。
そして、事務所に入って約30分。
貯金の残りと支給されたばかりの夏のボーナスを合わせて何とか支払いを終えた私は、「Jさん」が店の入口まで回してくれたRX-7に乗り込みます。
「Jさん」に挨拶をして展示場を離れる前、MR2の姿を最後にひと目見たかったのですが、叶いませんでした。建物の影になっていたため、展示場の外へ向かう道筋からは見えなかったのです。
こんなふうに、RX-7を迎えに行った日の私の記憶は、ほとんどMR2との別れで塗りつぶされています。
とはいえ、新しい車を手にした喜びは当然あったはず…なのですが、実はこの日の帰り道のことは、驚くほど記憶に残っていません。
おそらくは、NAのMR2と違いすぎるトルク特性や、5ナンバーから3ナンバーにサイズアップした車体の扱いに四苦八苦しながら、慣れない都心の道を走るのに精一杯だったのだと思います。
そして、混雑する道を1時間以上かけて何とか家にたどり着いたであろう私。
きっと、無事にRX-7を連れて帰ることができてほっと一息、駐車場に止めたRX-7の姿を昨日までそこにあったMR2の姿と重ね合わせつつ、飽きるでもなくずっとその場に立ち尽くして眺めていたのだろう、と、当時と同じ遺伝子を持つ私は想像するのです。